好きにならずにはいられない

好きなサッカーチーム、Mainz、ジェフ市原・千葉を中心に、ブンデス、J1の試合について綴っています。チーム愛より監督愛の方が強いかも・・・。

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長い夜~停電と余震に怯えて

11日の地震により、実家のある真岡は、地震直後から停電し、復旧しないまま時間が過ぎていった。
夕方、市の広域アナウンスがこう伝えた。
「水道が止まる恐れがあります。今のうちに水の確保をお願いします」
そのアナウンスで、空のペットボトル、瓶、鍋などに、水道の水を入れ始める。
お風呂の水を完全に抜き、洗う準備を始める。
ところが、水を入れているうちに、みるみる水が濁ってきた。
これでは飲み水としては使えないか・・・・。バケツに入れる(他に転用するため)。
お風呂を洗い、屋根で作業をしている父親に「お風呂の水おろした方がいい?」と聞く。
実家は30年以上前から、太陽光発電ならぬ、太陽熱給湯システムを利用していて、お風呂のお湯は太陽熱で温めたものを利用している(ただし追い炊きには灯油、ガス、電気などの燃料を利用)。
なので、「お湯を屋根からおろす」のである。
もし停電が続いても、お風呂には入れるし、入らなければ洗濯にでもトイレの水にも利用できる。

実家は井戸水と水道水の2ルートで水を利用しているのだが、停電のため水を吸い上げる電動ポンプが使えず、井戸水は早々に使えなくなった。
母が購入した水1.5Lが8本、濁る前に確保した水道水。とりあえず今夜はこれでしのぐしかない。
市の広域アナが、「電気と水道は、今日中の復旧の見通しはたっておりません」と告げる。
今夜は初めて、家での「電気なしの生活」になるのか、と覚悟を決める。
屋根で作業をする父に、その旨を伝え、懐中電灯と電池の場所を聞こうとしたのだが・・・・。
「そういえば懐中電灯はいくつか捨ててしまったかも・・・」との返答が。
それも問題だが、もっと大きな問題が。
実家は2年前にお風呂と台所をリフォームし、その時、オール電化にしてしまったのである。
太陽熱給湯システムはあるが、太陽光発電はしてない。
つまり、夕飯を作る手段がないのである。
実家の母屋では。

別棟に兄が猫と暮らしていて、そこはガスが通っている。父が万一のことを考えて、ガスを引いておいたのだ。
この時のほど「オール電化は怖い」と思ったことはない。
燃料を一本化することは、効率がいいが、もし使えなくなったら、不便きわまりない。

屋根の作業を終えた父が、とりあえず2つ懐中電灯を持ってきたが、他はやはり見つからなかったようだった。
あとはろうそくか・・・・。
ひとつはラジオ付の懐中電灯。
ただ、もうひとつの懐中電灯は、充電式で、取っ手を回転させて内蔵された充電池が発電するタイプ。
それで携帯の充電も出来れば、アラームもなるのだが、ちょと面倒。

兄の家でお湯を沸かし、仕方なくカップラーメンで夕飯。寒いのでやはり温かいものが食べたい。
停電しているから、ホントは冷蔵庫の中のものを調理しないといけないのだが・・・・。
乏しい明かりの中で、煮炊きするのは怖い。余震も怖いし。
電池の買い置きは少々あったものの、貴重なので、玄関にあるテーブルの上に大皿を載せて、そこにアロマキャンドル(なぜ実家に)を1つ、仏壇に2つ、ろうそくを立てる。
母のラジカセを持ってきて、電池を入れて、ラジオを聞く(父のラジカセは、電池が8個!必要で、4つで済む母のラジカセを使う)。
情報源は、ラジオと、オレの携帯のみ。
父は通話しかできない携帯だし、兄は茨城県のひたちなかの工場からまだ帰れないし(高速が通行止めで、交通手段が一般道のみのため)。
ラジオでは、北海道、岩手、宮城、福島と茨城のことをしきりに言っている。ということは、震源地はその辺りなのだろうか。
ラジオだけだと、はっきりした情報が分からない。

そのうち娘が眠ってしまい、10分くらいしたところで、布団に寝かせる。
20時過ぎに、市の広域が「科学教育センター隣にて、給水を開始します」とのアナウンスがあった。
お風呂には入れるが、とてもこの乏しい明かりの中で入る気になれず、オレも寝ることにする。
ハズだったのだが。
2時間くらいうとうとした後、足がつった感じがして目が覚めた。
仕方なく(?)、同居人あてにメールを送ったり、ネットで少し情報を入れる。
同居人は会社が都内のため、JRが早々に運休したところで、帰るのを諦め、会社に泊まる、と連絡があった。
会社から野田の家までは30km圏内。とても歩いて帰れる距離ではない。
野田の家の辺りでは、どうやら停電はしておらず、インフラは被害を受けていないようだった。当然都内でも。
電話がつながらないのに、携帯でネットが使えることが、とても不思議。

兄が帰宅したのは23時すぎだった。
信号もつかず、街灯もなく、車のライトだけで、よく帰ってこれたものだ(真岡までは会社のバスだけどさ)。

0時過ぎに同居人にメールを送り、眠りにつく・・・・・。
しかし、余震がたびたびあり、そのたびに目が覚めて、眠れない。

隣の部屋では89歳の祖母がなにやら言って母を困らせているようだ。
でも娘が起きないのは幸いだった。目が覚めて怖がったり泣いたりしたら、結構しんどい。

カーテンから明かりを感じて、時計を見ると、6時を回るところだった。
ああ、明るいっていいなぁ。
部屋の電気をつけてみるが、やはりつかない。
まだ停電が解消されないのかぁ・・・・。

(続く。まだかよ)
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  1. 2011/03/15(火) 23:35:18|
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フクアリのメインスタンドで静かに、時にうるさくジェフを応援しています。
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